RAG・検索AI

製造業×RAG|マニュアル検索から技術伝承まで製造現場を革新するAI活用術

2026年1月10日 14分で読める AQUA合同会社
製造業×RAG|マニュアル検索から技術伝承まで製造現場を革新するAI活用術

「あの設備のトラブル、10年前にも同じことあったよな…」

ベテラン技術者がそう呟く。でも、そのときどう対処したか、記録が見つからない。報告書はどこかにあるはずなのに、ファイルサーバーを探しても出てこない。

結局、記憶を頼りに試行錯誤する。解決までに3日かかった。

後日、別の部署で同じトラブルが発生。今度は対処法を知っている人がいない。また3日かけて、同じ試行錯誤を繰り返す。

製造業の現場では、こんなことが日常的に起きている。

過去の知見は、どこかに「ある」。報告書、作業日報、マニュアル、図面、議事録—。紙とデジタルが混在した膨大なドキュメントの山。問題は、必要なときに、必要な情報を、すぐに取り出せないことだ。

この課題を解決する技術として、いまRAGが製造業で急速に注目を集めている。

🏭 製造現場の知識資産を活かすRAG
製造業では「必要な情報が見つからない」「ベテランの知識が失われる」という課題が深刻です。RAGはこれらを解決する検索拡張生成技術です。基本的な仕組みはこちらの記事で解説しています。

製造業が直面する「知識」の危機

日本の製造業は、いま深刻な課題に直面している。

ベテランの大量退職

2025年問題と呼ばれる現象がある。団塊の世代が75歳を超え、製造現場を支えてきたベテラン技術者が一斉に引退する。

彼らの頭の中には、マニュアルに書かれていない「暗黙知」がある。設備の微妙な異音で故障を予知する感覚。図面には載っていない加工のコツ。トラブル発生時の勘所。

この知識が、人と一緒に失われようとしている。

マニュアルの形骸化

製造業には、膨大なマニュアルが存在する。設備の操作マニュアル、保守点検マニュアル、品質管理マニュアル、安全マニュアル—。

しかし、これらのマニュアルが実際に活用されているかというと、微妙だ。

分厚すぎて読む気にならない。情報が古くて現状と合っていない。どこに何が書いてあるかわからない。結局、「詳しい人に聞く」のが一番早い。

技術伝承の断絶

かつては、OJTで技術を伝承してきた。ベテランの隣で作業を見て、真似て、覚える。

でも、この方法には限界がある。

教える側の負担が大きい。人によって教え方にばらつきがある。教える人がいなくなれば、伝承は途絶える。コロナ禍で対面での指導が制限されたことも、この問題を加速させた。

RAGは、これらの課題に正面から取り組める技術だ。

RAGが製造業にもたらす変革

RAGを一言で説明すると、「検索」と「生成AI」のハイブリッド技術だ。

従来の検索は、キーワードの一致で文書を探していた。「ポンプ 異音」と検索すれば、その単語が含まれる文書がヒットする。しかし、「ポンプから変な音がする」と書かれた報告書は、ヒットしないかもしれない。

RAGは違う。

「ポンプから普段と違う音がする。原因と対処法は?」

こんな自然な質問を投げると、関連する過去の報告書、マニュアル、図面などを横断的に検索し、回答を生成する。

「過去の報告書によると、ポンプの異音は主に3つの原因が考えられます。1)ベアリングの摩耗、2)インペラーの損傷、3)キャビテーション。2023年5月の報告書では、同様の症状でベアリング交換により解消しています。対処手順は保守マニュアル第4章を参照してください」

キーワードではなく「意味」で検索し、複数の情報源を統合して回答する。まるで、すべてのドキュメントを読み込んだベテラン技術者に質問するような体験ができる。

具体的な活用シーン—6つの革新

では、RAGは製造業のどんな場面で活躍するのか。具体的なシーンを見ていこう。

1. マニュアル・技術文書の検索

製造業の技術文書は、量が膨大で、かつ複雑だ。

設備1台につき、操作マニュアル、保守マニュアル、部品表、図面、スペックシート—。これらが数百ページにわたる。設備が100台あれば、ドキュメントは数万ページ。

従来、この中から必要な情報を探すには、熟練が必要だった。どのマニュアルのどの章に何が書いてあるか、経験で知っている人だけが、素早く情報にたどり着ける。

RAGを導入すれば、この状況が一変する。

「PLCのエラーコード E-102 の意味と対処法は?」
「油圧ユニットの作動油の推奨交換頻度は?」
「この設備の安全インターロックの解除手順は?」

自然言語で質問すれば、数万ページのドキュメントの中から、該当箇所をピンポイントで探し出し、回答を生成する。

しかも、回答には「出典」が明示される。「この情報は、〇〇設備の保守マニュアル Rev.3、第5章3節に記載されています」。必要に応じて原典を確認できる。

新人でも、ベテランと同等の速度で情報にアクセスできるようになる。

2. トラブルシューティングの支援

製造ラインでトラブルが発生したとき、最も重要なのはスピードだ。

ラインが止まっている間、損失は増え続ける。一刻も早く原因を特定し、復旧させなければならない。

従来は、経験豊富な技術者の「勘」に頼っていた。過去に似たような症状を経験していれば、原因の見当がつく。経験がなければ、手当たり次第に調べるしかない。

RAGは、この「経験」をシステム化する。

過去のトラブル報告書、修理履歴、品質不良の記録—。これらをすべてRAGに読み込ませておく。トラブル発生時に症状を入力すると、過去の類似事例を検索し、原因と対処法の候補を提示する。

「この症状に類似するトラブルが過去3件見つかりました。
・2024年3月:センサーの汚れが原因。清掃により解消(停止時間2時間)
・2023年11月:配線の断線が原因。交換により解消(停止時間5時間)
・2022年8月:制御基板の故障が原因。交換により解消(停止時間8時間)
発生頻度と対処の容易さから、まずセンサーの清掃を試すことを推奨します」

過去の知見を活かした、根拠のある対処ができる。

3. 技術伝承・教育支援

ベテランの知識を、どう次世代に伝えるか。これは製造業の永遠の課題だ。

従来のアプローチは、マニュアル化とOJTだった。ベテランの知識を文書化し、若手に教える。しかし、すべてを文書化するのは現実的ではないし、OJTにも限界がある。

RAGは、新しいアプローチを可能にする。

まず、ベテランへのインタビューを文字起こしし、RAGに読み込ませる。「あのとき、どう判断したか」「なぜこの方法を選んだか」—。こうした暗黙知を、言語化して蓄積する。

若手は、RAGに質問する形でベテランの知識にアクセスできる。

「この加工で寸法精度を出すコツは?」
「材料のロットによって条件を変えるべき場合は?」
「この異音が発生したとき、まず何を確認すべき?」

ベテランが直接教えなくても、ベテランの知識が伝わる。24時間いつでも質問でき、同じことを何度聞いても嫌な顔をされない。

もちろん、実技はOJTで学ぶ必要がある。しかし、座学の部分、知識の部分は、RAGが大きく補完できる。

4. 品質管理の高度化

製造業にとって、品質は生命線だ。

品質不良が発生したとき、原因を特定し、再発を防止する。このプロセスを「是正処置」と呼ぶ。しかし、是正処置の質は、担当者の経験に大きく依存していた。

RAGを使えば、過去の品質データを活用した是正処置が可能になる。

不良の症状を入力すると、過去の類似事例を検索する。「この症状の不良は、過去2年間で15件発生しています。原因の内訳は、材料起因が8件、加工条件起因が5件、設備起因が2件。材料起因のうち、6件は特定のサプライヤーからのロットに集中しています」

データに基づいた原因分析ができる。

さらに、過去の是正処置の効果も参照できる。「同様の原因に対して、〇〇の是正処置を行った事例が3件あります。そのうち2件では効果があり、再発していません。1件では効果が不十分で、追加の処置が必要でした」

成功事例と失敗事例、両方から学べる。

5. 設備保全の最適化

設備の故障は、製造業にとって大きな損失だ。

計画外の停止は、生産計画を狂わせる。修理コストがかかる。最悪の場合、品質不良や安全事故につながる。

だから、予防保全が重要になる。壊れる前に、兆候を察知して対処する。

RAGは、この予防保全を支援できる。

設備の点検記録、振動データ、温度データ、電流値の推移—。これらのデータとともに、過去の故障履歴をRAGに蓄積する。

「この設備の軸受温度が先週から2度上昇しています。過去に同様の傾向を示した事例を教えてください」

「過去5年間で、軸受温度の緩やかな上昇を示した事例が4件あります。うち3件は、1〜2ヶ月以内に軸受の焼き付きに至っています。予防的な軸受交換を推奨します。交換手順は保守マニュアル第7章を参照してください」

経験豊富な保全担当者の「勘」を、データとシステムで再現できる。

6. サプライヤー・調達管理

製造業は、多数のサプライヤーと取引している。

部品、材料、外注加工—。それぞれのサプライヤーとのやり取り、品質履歴、価格交渉の経緯、納期トラブルの記録—。これらの情報は、調達部門の頭の中や、散在するファイルに埋もれている。

RAGを使えば、サプライヤー情報を一元的に検索できる。

「この部品の代替サプライヤーは?価格と品質の比較は?」
「このサプライヤーとの過去のトラブル履歴は?」
「類似部品の調達で、コスト削減に成功した事例は?」

調達の判断に必要な情報が、即座に手に入る。

新しい部品を調達するとき、「過去に似たような部品を、どこから、いくらで買ったか」がすぐにわかれば、交渉の出発点が明確になる。

導入事例—中堅部品メーカーの変革

ここで、実際の導入事例を紹介したい。

自動車部品を製造する中堅メーカーE社。従業員約400名、年商約80億円。

E社の課題は、技術の属人化だった。創業から40年以上が経ち、設立当初を知るベテラン社員が次々と退職していく。彼らの頭の中にある「こうすればうまくいく」「これをやると失敗する」という知識が、会社から失われつつあった。

特に深刻だったのは、金型の調整技術だ。

E社の競争力の源泉は、精密な金型技術にある。しかし、金型の微調整は職人技だ。図面通りに作っても、実際にプレスすると微妙にズレる。そのズレを補正するノウハウが、一部のベテランにしかなかった。

「10年後、この技術を持つ人がいなくなったら、うちの競争力は終わる」

危機感を抱いた経営陣は、2024年初頭、RAGシステムの導入を決定した。

まず、ベテラン技術者5名への徹底的なインタビューを実施。「なぜその判断をしたか」「どこを見て調整するか」「失敗したときはどう対処するか」—。暗黙知を言語化し、約200時間分の音声データを収集した。

これを文字起こしし、過去30年分の技術報告書、品質記録、設備台帳とともにRAGに読み込ませた。

導入から8ヶ月で、以下の効果が確認された。

・金型調整にかかる時間が平均35%短縮
・新人が独力で対応できるトラブルの範囲が拡大
・ベテランへの問い合わせが40%減少
・技術報告書の検索時間が90%削減

特に効果が大きかったのは、「若手の自信」だという。

「以前は、ちょっとでも迷うとすぐ先輩に聞いていました」と、入社3年目の技術者は語る。「今は、まずRAGに聞いてみる。過去に似た事例があれば、それを参考に自分で判断できる。先輩に聞くのは、本当に難しい案件だけになりました」

ベテラン側の反応も好意的だ。

「正直、最初は『俺たちの仕事を奪うのか』と思いました」と、勤続35年の技術者は笑う。「でも、実際に使ってみると、自分の知識がシステムに残るのは悪くない。引退しても、俺の知識が後輩の役に立つ。そう思うと、むしろ嬉しいですね」

技術的な実装のポイント

製造業でRAGを導入する際、いくつか技術的なポイントがある。

多様なデータソースへの対応

製造業のドキュメントは、形式が多様だ。

PDF、Word、Excel、紙をスキャンした画像、CADデータ、手書きのメモ—。これらをすべてRAGで検索可能にするには、前処理が必要だ。

特に、古い紙の資料はOCR(光学文字認識)で電子化する必要がある。手書きの部分や、図面中の注記など、OCRの精度が落ちやすい箇所は、手作業での補正が必要になることもある。

CADデータや図面は、テキスト情報だけでなく、図形としての意味も重要だ。最近は、マルチモーダルRAG(テキスト+画像)の技術も進んでおり、図面を「見て」理解できるシステムも登場している。

専門用語への対応

製造業には、独特の専門用語がある。

「バリ」「ダレ」「カジリ」—。これらの言葉は、一般的な辞書には載っていない。さらに、同じ現象でも、会社によって呼び方が違うことがある。

RAGの検索精度を上げるには、専門用語の辞書を整備する必要がある。「バリ」と「バリ取り」と「デバリング」が同じ意味であることを、システムに教える。

また、型番や品番の体系も重要だ。「ABC-1234」という型番が、どの設備のどの部品を指すか。この紐づけがないと、検索結果が的外れになる。

セキュリティとアクセス制御

製造業の技術文書には、機密情報が多く含まれる。

製造ノウハウ、顧客との取引情報、原価情報—。これらが外部に漏れると、競争力の喪失や契約違反につながる。

RAGシステムを構築する際は、アクセス制御を厳密に設計する必要がある。「誰が、どの情報に、アクセスできるか」を細かく設定する。クラウドサービスを利用する場合は、データの保存場所やAIの学習への利用有無を確認すべきだ。

機密性の高い情報を扱う場合は、オンプレミス(自社サーバー)での構築も選択肢になる。

現場への定着

どれだけ優れたシステムでも、現場に使ってもらえなければ意味がない。

製造業の現場は、ITリテラシーにばらつきがある。スマホは使えてもPCは苦手、という人も少なくない。

導入時には、UIの使いやすさが重要だ。音声入力に対応する、タブレット端末で使えるようにする、など、現場の環境に合わせた工夫が必要だ。

また、「使い始め」のハードルを下げることも大切だ。いきなり全機能を展開するのではなく、まずは「マニュアル検索」など、わかりやすい用途から始める。効果を実感してもらってから、徐々に活用範囲を広げていく。

導入コストと投資対効果

製造業へのRAG導入にかかるコストと、期待できる効果を整理しておこう。

初期コスト

規模や要件によって大きく異なるが、中堅製造業向けの標準的な構成で、初期費用500万円〜1,500万円程度。

内訳は、データ整備・電子化に200万円〜500万円、システム開発に250万円〜800万円、現場導入・教育に50万円〜200万円といったイメージだ。

紙の資料が多い場合は、電子化のコストが大きくなる。既存のドキュメント管理システムとの連携が必要な場合も、追加コストがかかる。

ランニングコスト

月額30万円〜80万円程度。

LLMのAPI利用料、サーバー費用、保守・運用費用で構成される。ユーザー数や検索頻度によって変動する。

オンプレミスで構築する場合は、初期費用が高くなる代わりに、ランニングコストを抑えられることもある。

投資対効果

製造業でのRAG導入効果は、以下のような指標で測定できる。

・トラブル対応時間の短縮:ライン停止時間が1時間減れば、損失はいくら減るか
・技術伝承コストの削減:教育期間が短縮されれば、早期戦力化による利益は
・品質不良の削減:不良率が0.1%改善されれば、損失はいくら減るか
・設備稼働率の向上:予防保全による計画外停止の削減効果は

先ほど紹介したE社の場合、初期費用は約800万円、月額運用費は約40万円だった。導入効果として、トラブル対応時間の短縮と品質不良の削減で、年間約3,000万円のコスト削減を見込んでいる。投資回収は約1年の見込みだ。

今後の展望—製造業DXの核心

RAGは、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の核心技術になりうる。

IoTとの連携

製造業では、IoT(モノのインターネット)による設備データの収集が進んでいる。温度、振動、電流、圧力—。様々なセンサーデータがリアルタイムで蓄積されている。

このデータをRAGと連携させれば、より高度な分析が可能になる。

「この振動パターンが発生したとき、過去にどんなトラブルがあったか」「この温度上昇の傾向は、故障の前兆として記録されているか」—。センサーデータと、過去の知見を組み合わせた判断ができる。

サプライチェーン全体への拡大

製造業は、サプライチェーンで成り立っている。

自社だけでなく、サプライヤー、顧客、物流事業者—。これらとの情報連携にRAGを活用する動きも出てくるだろう。

「この材料のロット番号で、サプライヤー側でどんな品質チェックが行われたか」「この製品が納入された顧客で、どんな使い方をされているか」—。サプライチェーン全体の知見を、横断的に検索できるようになる。

グローバル製造への対応

多言語対応も、RAGの重要な可能性だ。

日本で蓄積した技術知見を、海外工場に展開する。現地語で質問すれば、日本語で書かれたマニュアルの内容が、翻訳されて回答される。

技術伝承のスピードが、グローバルに加速する。

まとめ—製造業の競争力の源泉を守る

日本の製造業の強みは、現場の「ものづくり力」にある。

長年かけて蓄積された技術、改善の積み重ね、品質へのこだわり—。これらは、簡単には真似できない競争優位だ。

しかし、この強みが、いま失われようとしている。

ベテランの退職、技術伝承の断絶、知識の散逸—。何もしなければ、競争力の源泉が、人と一緒に消えていく。

RAGは、この危機に対する有効な解答だ。

紙に埋もれた知識を、検索可能にする。ベテランの頭の中にある暗黙知を、システムに移植する。過去のトラブル事例から学び、同じ失敗を繰り返さない。

テクノロジーの力で、製造業の知識資産を守り、次世代に引き継ぐ。

RAGの導入は、単なるIT投資ではない。製造業の未来への投資だ。

まずは小さく始めてみてほしい。特定の設備のマニュアル検索から。あるいは、過去のトラブル事例のデータベース化から。効果を実感してから、範囲を広げていけばいい。

日本の製造業の競争力を、次の世代に引き継ぐために。RAGという武器を、手に入れる時が来ている。


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